マウンテンハードウェアのアーカイブに残る登山家たちのコラージュ

BUILT
TO LAST
SINCE ’93
1993年から
変わらぬ耐久性と信頼を

OUR
ORIGINS
私たちの起源

1993年のハロウィンの日。多様なバックグラウンドを持つアウトドアプロダクトのエキスパートたちが集結し、よりワイルドな道へ踏み出すことを決意。「Mountain Hardwear(マウンテンハードウェア)」が誕生しました。

アウトドア業界が急激な変化を迎え、多くのブランドが大衆向けのデザインへと舵を切る中、彼らは「大衆(マス)」のためではなく、「山(マウンテニアリング)」のためにデザインすることを選びました。そして一年で最もクレイジーなその日、自らが信じる未来にすべてを賭けたのです。

未知の世界へと飛び込んだ9人の創業者たち—女性5名、男性4名—は、恐れと胸の高鳴りが入り混じる情熱を抱き、シエラデザインズ(正確にはその親会社オデッセイ・インターナショナル社)をチームごと退職しました。

それから30年。私たちは真に意味のある、過酷な環境に耐えうるプロダクトを作り続けてきました。この数十年で多くを学び、知恵を深めてきましたが、今もなお、自ら打ち立てたルールに従い(時にはそれを破りながら)、独自の道を突き進んでいます。

MOUNTAIN HARDWEAR FOUNDERS
マウンテンハードウェア 創業メンバー

Jack Gilbert
ジャック・ギルバート / プレジデント
Christina Clark
クリスティーナ・クラーク / 最高財務責任者
Paul Kramer
ポール・クレイマー / プロダクト開発&デザイン担当副社長
Paige Boucher
ペイジ・ブッシャー / マーケティングディレクター
Mike Wallenfels
マイク・ウォレンフェルズ / 全国販売責任者
Ingrid Harshbarger
イングリッド・ハーシュバーガー / シニアデザイナー
Claranne Knittle
クララン・ニトル / ソーシングマネージャー
Roberta Hernandez
ロバータ・ヘルナンデス / カスタマーサービス&HRマネージャー
Al Tabor
アル・テイバー / オペレーションズディレクター
創業メンバー
エド・ヴィエスタース、エベレストベースキャンプにて

Living Legend: Ed Viesturs
Living Legend: エド・ヴィエスタース

MHW初の契約アスリート / エベレスト・ベースキャンプ(1996年)

世界の8,000m峰全14座を無酸素で制覇した史上わずか5人のうちのひとりであり、アメリカ人として初の偉業を成し遂げたエド・ヴィエスタース。彼は、マウンテンハードウェアが初めて契約したアスリートでした。稀代のクライマーであるエドは、極限の環境に挑むためのギアをどう開発すべきか、アスリートとのコラボレーションの「原点」を築いてくれました。彼が体現した妥協なきスピリットは、今も私たちがパートナーに求める絶対的な基準です。

Image: MHW Archives
The Chill Factor フリースジャケット

The Chill Factor
The Chill Factor(ザ・チルファクター)

最初に受注を獲得した伝説のプロダクト(1994年)

創業直後の展示会。業界の誰もが不可能だと思っていたフルラインナップを引っさげて登場した私たちが、記念すべき最初の注文を獲得したのがこの「The Chill Factor」フリースジャケットでした。高い保温性と通気性を両立し、象徴的な黒のカラーブロッキングと胸ポケットを備えたこのスタイルは、初代デザイン責任者イングリッド・ハーシュバーガーの美学が凝縮された逸品でした。

Image: MHW Archives
故 カレン・マクニールとスー・ノット

The Late Karen McNeill & Sue Nott
故 カレン・マクニール & スー・ノット

初期のMHWアスリートチーム

世界最高峰の女性アルピニストであったスー・ノットとカレン・マクニールは、2006年5月、アラスカのフォレイカー山で消息を絶ち、その輝かしいキャリアと生涯を突如閉じることとなりました。限界に挑み続けた二人の情熱と偉業を讃え、後世に伝えるため、マウンテンハードウェアとアメリカン・アルパイン・クラブは2007年に「マクニール・ノット賞(McNeill-Nott Award)」を創設しました。

Image Credit: Ian Parnell
故 カレン・マクニール

The Late Karen McNeill
故 カレン・マクニール

初期のMHWアスリートチーム

ニュージーランド出身のカレン・マクニールは1994年に北米へ渡り、クライミング団体「Chicks with Picks」のアイスクライミング・インストラクターとして活躍。グリーンランドやパタゴニアで数々の初登を記録した後、カナダのキャンモアへ拠点を移し、カナディアン・ロッキーの切り立った岩壁にその生涯を捧げました。

Image Credit: Andrew Querner
故 スー・ノット

The Late Sue Nott
故 スー・ノット

初期のMHWアスリートチーム

コロラド州出身のスー・ノットは、女性として初めてアイガー北壁の冬季登攀を達成したクライマーです。アラスカ、パタゴニア、フレンチ・アルプスで実績を積んだ後、1999年にカレン・マクニールとパートナーシップを結成。2004年には、デナリのカシンリッジを女性チームとして史上初めて完登する快挙を成し遂げました。

Image Credit: Cameron Lawson
最初の縫製ルームでのランチ

Our Sew Team: Second To None
誇り高き縫製チーム:他の追随を許さない職人技

創業初期の縫製ルームでのランチ風景

創業初日から、社内のファクトリーで手を動かすクリエイティブで才能あふれる縫製チームは、まさに会社の「心臓部」でした。かつては社内でパターンを起こし、プロトタイプを縫い上げていた彼らですが、現在は主に製品リペアと品質保証を担っています。どんな状態のギアも修復し、再び息を吹き込む。彼らの技術と知識は、今も私たちの誇りです。

Image: MHW Archives
エド・ヴィエスタース、マウントエベレストにて 1996年

Ed Takes Us To The Top Of The World
エドが私たちを「世界の頂」へ連れて行った

エベレスト(1996年)

エド・ヴィエスタースは、私たちが初めて開発した高所登山用ダウンスーツを身に纏い、世界最高峰の過酷な環境でその性能を限界までテストしました。彼のプロフェッショナルな知見と開発チームの技術の融合により、MHWのエクスペディション・ギアは今なお、8,000m峰を目指すクライマーにとって最も信頼される装備であり続けています。

Image: MHW Archives
創業メンバーのハロウィン、1998年

Play Hard, Think Freely
ハードに遊び、自由に思考する

ハロウィン(1998年)

創業メンバー自ら、ブランドの精神を全力で体現。初代CFOのクリスティーナ・クラーク(左)と初代人事責任者のロバータ・ヘルナンデス(右)が、創業5周年の記念日でもあるハロウィンを遊び心たっぷりに祝う貴重なショット。

Image: MHW Archives
1990年代半ばのアウトドア・リテイラー・トレードショー

That New New From The Old Gang
「古き仲間」が生み出した、まったく新しい風

1990年代半ばのアウトドア・リテイラー・トレードショー

1993年夏、シエラデザインズを去った9人のメンバーは、同年のハロウィンの日にマウンテンハードウェアを設立しました。わずか5カ月という超過密日程の中で昼夜を問わず働き抜き、完全なテクニカルプロダクトのラインナップと、ベクター画像で描いた手づくりのカタログを携えて初のトレードショーへと乗り込みました。ブースに掲げられた「New From The Old Gang(古き仲間による新しきもの)」という言葉には、強い絆で結ばれた仲間たちが誇りを持って生み出したプロダクトへの自信が込められていました。

※写真中央左(黒のセーター)が初代CFOクリスティーナ・クラーク、右端が初代デザイン責任者の故イングリッド・ハーシュバーガー。

Image: MHW Archives
エドとチーム、エベレストにて 1996年

Team Work Making The Dream Work
夢を形にする、強固なチームワーク

エベレストのアタックチーム(1996年)

8,000m峰の頂を目指し、一歩一歩進む遠征隊の間に生まれる「絶対的な信頼」。それは、私たちのプロダクト開発におけるチームワークの理想形でもあります。過酷な山に挑む人々のためのギアを作るなら、私たち自身もひとつの「パーティー(登攀隊)」として思考し、行動しなければならないからです。

Image: MHW Archives
オレゴン州トレードショー 1996年頃

A Round Trip
無事に帰るまでが、クライミング

ORトレードショー(1996年頃)

エベレスト無酸素登頂という偉業を達成し、下界へと戻ってきたエドを祝福。エドの有名な言葉があります。「クライミングとは、無事に帰ってきてこそ完結するもの。登頂は選択肢に過ぎないが、下山は絶対だ。」彼はこれまでに7度、エベレストの頂に立っています。

Image: MHW Archives
カリフォルニア州バークレー 1995年頃

When We Test Low, Climbers Go High
低地での徹底的なテストが、高所での挑戦を支える

カリフォルニア州バークレー(1995年頃)

初期のミーティングで、製品の構造チェックのために芝生へシュラフ(寝袋)を並べる風景。歴史的なフォード・アセンブリー・ビルディングにあった旧オフィスの前庭で繰り広げられていたこの光景は、現在も変わらない私たちの日常です。

Image: MHW Archives
1996年エベレスト遠征チームのメンバー

Technical Prowess And Style
妥協なき機能性と、洗練されたスタイル

1996年エベレスト遠征隊の女性メンバー

現在のチームがどれほど調べても、彼女の名前を突き止めることはできませんでした。1996年、エド・ヴィエスタースと共にエベレストに挑んだ彼女。高度なテクニカルギアを着こなしつつ、自らのスタイルを楽しむその姿は、現代のプロダクト作りにも大きなインスピレーションを与えています。

Image: MHW Archives
シンシア・チャップル

Cynthia Chapple: The Butterfly
シンシア・チャップル:オフィスを包み込む温かい存在

1997年~在籍

シンシア・チャップルは、マウンテンハードウェアというブランドの根底にある「温かさ」「ポジティブさ」、そして「優しさ」そのものです。創業初期から会社を支え続け、温かいオフィスカルチャーを作り上げてきました。組織のまとめ役であり、皆を笑顔で迎え入れ、親身に話を聞き、最高のハグをくれる人。マウンテンハードウェアが単なる会社ではなく「家族」だと感じられる理由は、彼女の存在にあります。

エド、マウントエベレストにて

Engineered For The Experience
その「極限体験」のために、設計する

エベレストでのエド・ヴィエスタース

アルパイン・テクニカルスタイルの極致。私たちの最高峰ダウンアウター「Absolute Zero Down Suit」の初期モデルです。エドは1996年のエベレスト遠征に向け、初代デザイナーのイングリッドや縫製チームと連日膝を突き合わせ、完璧な機能を追求しました。数々のアップデートを経た今も、このスーツは最高峰を目指すアルピニストのための必須装備です。

Image: MHW Archives
ジャック・ギルバート カリフォルニア州リッチモンド 1995年頃

Jack Gilbert: Our First President
ジャック・ギルバート:初代プレジデント

カリフォルニア州リッチモンド(1995年頃)

ハロウィンの日にカウボーイスタイルでポーズを決めるジャック。彼こそが、すべての最終責任を背負い、マウンテンハードウェアの舵を取った初代リーダーでした。

Image: MHW Archives
故 スー・ノット

Drink Up The Good Times
最高の一瞬に、乾杯を

故 スー・ノット(MHW初期アスリート)

過酷な極寒の世界で、スーが何に対してグラスを掲げていたのかは分かりません。けれど、厳しい挑戦を終え、諦めそうになる自分に打ち勝った後に味わう一口のウイスキーは、何物にも代えがたいものです。眼前に広がる圧倒的な絶景、仲間と分かち合う達成感。まさに至福のひとときです。

Image: Kennan Harvey
カリフォルニア州バークレー 1997年頃

Creating Together
共に高みを目指すものづくり

カリフォルニア州バークレー(1997年頃)

初期の縫製チームを支えたヘレン・リーと、初代プロダクト担当VPのポール・クレイマーが、細部の仕様について議論を重ねる一コマ。

Image: MHW Archives
シンクロ ジャケット 2000年代初頭

Innovative Construction And Style
革新的な構造美とスタイルの融合

2000年代初頭の「Synchro™ Jacket」

90年代のカラーブロッキング全盛期を経て、初期デザイナーのシェリル・ノップが新たなイノベーションをもたらしました。彼女とMHWは「Synchro™ Jacket」において、縫製を使わずに生地同士を溶着・テーピングする革新的な製法を確立。軽量化と高い防水性を実現しただけでなく、現代のアウトドアウェアにも受け継がれる、クリーンでテクニカルなデザイン言語を確立しました。

Image: MHW Archives
名前の分からないクライマー

Leap Of Faith
意志ある跳躍(リープ・オブ・フェイス)

クレバスを飛ぶクライマー

底知れぬクレバスを飛び越えるように、創業者たちも確証のない未来へと飛び込みました。私たちは今も、彼らのように(賢明に計算しながら)リスクを取り続けています。リスクを恐れず挑むことでしか、新しい可能性は開けないと知っているからです。

Image: MHW Archives
オフィスでの創業メンバー

On-Mountain Style In The Office
オフィスにも宿る「山」のスピリット

自分たちのスタイルを貫くデザインチーム

私たちのデザインチームが追求するのは、「山で完璧に機能し、日常でも美しく映えるプロダクト」。オフィスで山のエッセンスを感じさせる装いの二人—左は長年ワランティマネージャーを務めるケン・ラーク、右は創業者であり初代プロダクトVPのポール・クレイマー。

Image: MHW Archives
ナイトラス ジャケット

Still Haunting Our Design Inspiration
今もデザインのDNAに息づく名作

Ghost Whisperer™の先駆けとなった「The Nitrous™」

「究極に軽くて暖かいギアを作る」—それは私たちにとって妥協なき誇りです。羽のように軽いアイコンジャケット「Ghost Whisperer/2™(ゴーストウィスパー 2)」の原点は、このNitrousジャケットから始まりました。

Image: MHW Archives
ヒマラヤ

Make It Last
時代を超えて生き続けるものづくり

ヒマラヤ遠征

ウェアからテント、バックパックに至るまで、MHWのプロダクトは「永く使い続けられること」を前提に作られています。フィールドでの過酷なテスト、補修、改良の繰り返し。私たちはアイデアを過酷な自然の中に晒し続け、鍛え上げています。製品がそうであるように、私たちのブランドもまた、長く愛され続けるために存在しているのです。

Image: MHW Archives
WE DIDN’T GET HERE
WITHOUT GETTING A LITTLE
EARTH UNDER
OUR FINGERNAILS
泥にまみれずして、ここまでは来られなかった

10人に満たない小さなチームで会社を立ち上げた時、「役職」や「部署」、「肩書き」なんてものは存在しませんでした。全員がただ、自分たちのアイデアを現実のものにするために全力を尽くしたのです。あれから長い年月が経ちましたが、私たちは今も創業当時の「どんな手を使ってでも、絶対にやり遂げる」という泥臭い精神を大切にしています。

アル・テイバーの言葉がそれを最も象徴しています。「ある日はゴアテックスのウェアの調達に走り、次の瞬間にはプリンターを修理している。どちらを優先するかは、その時何をプリントアウトしたかったか次第でしたから。」

初期の縫製スタッフ

NOTHING THAT
COULDN’T BE FIXED
直せないものなど、存在しない

創業初日から、社内のファクトリーで手を動かすクリエイティブで才能あふれる縫製チームは、マウンテンハードウェアの「心臓部」であり続けてきました。まさに他の追随を許さない職人集団です。写真に写っているのは、初期の縫製職人シュー・メイ・チョン。テントやハードな装備の修理を得意とした初代リペア職人・キミヨの意志を継いだ人物です。当時、私たちは社内でパターンを起こし、プロトタイプを自ら縫い上げていました。イングリッドと共に、彼女たちは「何が山で機能し、何が機能しないか」を熟知した技術と経験を持っていました。今日に至るまで、この存在があるからこそ、私たちは自分たちの製品に自信を持ち続けることができるのです。

WE CONTINUE TO HOLD ONTO THE SPIRIT OUR FOUNDERS CULTIVATED IN THOSE EARLY DAYS OF MOUNTAIN HARDWEAR. WE DARE TO BE BOLD, FOLLOW OUR GUT, AND FORGE OUR OWN PATH.

マウンテンハードウェアの黎明期に創業者たちが培ったそのスピリットを、私たちは今も受け継いでいます。大胆であれ。直感を信じろ。そして、独自の道を切り開け。

頭上でバックパックを掲げてバランスを取るクライマー

IT’S BEEN THIS WAY
SINCE THE BEGINNING
最初から、ずっと変わらない想い

私たちを何より駆り立てるのは、より過酷で、よりワイルドな場所へ挑むこと—誰も足を踏み入れたことのない雪山であれ、切り立った谷の奥へと消えるトレイルであれ。なぜなら、手つかずの自然は私たちに多くの教えを与えてくれるから。下山した時、あなたは挑戦する前とは違う自分になっているはずです。よりタフに、そして賢く。

私たちは、一人でも多くの人にフィールドへと足を踏み出してほしいと願っています。もっと遠くへ。自分の中にある野性を呼び覚まし、鼓動が高鳴るような体験をし、自らの限界を超えていく。そして「自分とは何者なのか」という真の答えを持ち帰ってほしい。その実感は、あなたと信頼できる仲間、そして母なる自然だけが存在するその瞬間においてしか得られないからです。

だからこそ私たちは30年以上にわたり、より優れたアウトドアギアを作り出すための独自の道を歩み続けてきました。人々が自らのワイルドな道を踏み出す「原動力」でありたい。なぜなら、私たち自身もその道を切り開き、今も歩み続けているから。さあ、共に一歩を踏み出しましょう。

夜、倉庫で寛ぐマウンテンハードウェアの創業メンバーたち