Mountain HARD WEAR

Interview with Daisuke Ichimiya

Interview with Daisuke Ichimiya

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CLIMB IN, HEART OUT.

2019年6月、一宮大介はコロラドに赴き岩と格闘していた。
V16課題の攻略には苦戦を強いられたが、
難しいからこそ一生続けられる遊びなんだと彼は笑った。

Interview by Takatoshi Akutagawa / Photographs by Taro Hirayama

Interview with Daisuke Ichimiya

今年の6月から7月にかけてのコロラド(アメリカ)へのクライミングトリップは、どんな内容だったのですか?

今回は『Box Therapy』という、まだ一人しか成功していないV16(難易度を表す数値であり、現在の最高難易度はV17)の課題に挑戦するのが目的だったんですが、結果から言うとダメでした。 Box Therapyは前半がV15、後半がV10で、繋ぎの部分が重要なんですが、あと一手というところで落ちてしまって。2年前に初めて挑戦した時にムーブは出来ていたので、行けると思ったんですけど。

コンディション的に難しかったとか?

今回は少し苦労しましたね。最初はまだ雪がかなり残ってて、雪かきから始めたんですよ。でも段々気温が上がって雪が溶けてきたら、今度は下から川が出てきて(笑)
仕方がないので倒木を4本運んで並べて、その上にマットを敷いて登ったんですが、その頃から岩が熱くなってきて、それが一番大変でした。でもそれも外岩の魅力ですよね。予定通りに行かない感じがいい。

学生の頃はインドアが中心だったんですよね?

Interview with Daisuke Ichimiya
Interview with Daisuke Ichimiya Interview with Daisuke Ichimiya

中学までは野球をやってたんですが、高校で一つ上の先輩に誘われて山岳部に入り、ボルダリングをはじめました。その高校は僕が入学する1年前に大分国体のボルダリング会場になっていて、ウォールがあったんです。だから最初はスポーツクライミングばかりやってました。
外岩にも何回か行ったけど、その時はインドアがうまくなるためのトレーニングだと思ってましたね。

やっぱり最初は大変でした?

いや、それがそうでも無くて。入学した翌日に制服のまま初めてウォールを登らせてもらったんですが、途中150度になっているところで一度足が外れたのに、手だけでホールドを掴んで上まで登れちゃったんです。先輩も驚いてましたね。その時に、これこそ自分がやりたかったスポーツだと確信しました。今でもその時の一つひとつのホールドを覚えてますよ。それくらい衝撃的な体験でした。
ただ入学早々、制服をチョークだらけにして帰ったので母親には怒られましたけど(笑)

それってなかなか出来ることじゃないですよね。何かトレーニングとかはされていたんですか?

Interview with Daisuke Ichimiya

筋トレは子供の頃から好きだったんですよ。特に父親から野球をやるなら指立て伏せだけはやっておけと言われたので、その効果が大きかったと思います。ボルダリングを始めた頃は5本指でしか出来ませんでしたけど、それが4本になり、3本になり、今では親指1本で出来るようになりました。

スポーツクライミングはどれくらい続けたんですか?

インドアがメインだったのは4年間くらい。大学一年生の時にイランで行われたアジアユース選手権の日本代表に選ばれて、3位に入賞したんですが、もうその頃には外岩が楽しくなってましたね。
翌年カナダのスコーミッシュに初めて外岩を登るための海外遠征をして、スケールの大きさに圧倒されてから、どんどんのめり込んで行きました。もっと真剣に取り組みたいと思った結果、大学もやめてしまって……。

それほどまでに虜になった外岩の魅力って何なんでしょう?

とにかくまず自由ってことですね。スポーツクライミングは戦う相手が人ですよね。特に日本人は真剣で真面目な人が多いので、常に競争意識がどこかにあります。でも外岩で戦う相手は自然です。コンディションが悪ければ、一日岩を眺めて音楽を聞くだけのこともあるし、登るも登らないも自分次第。

Interview with Daisuke Ichimiya
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特に海外の人はすごく自由で、夕方から1時間だけ登ったり、リラックスして楽しんでいる感じ。その雰囲気がすごく好きなんです。
だから海外に行くようになってから、より外岩が好きになりましたね。外で過ごすのは単純に気持ちがいいし、そこにいる時間そのものがチル。あの感じを日本で広められたらなって思います。

日本人クライマーが海外の人に比べて真剣で真面目だというのは何となくわかります。それは外岩に関しても同じですか?

外岩でもその傾向はありますね。日本人は段々難しい課題に挑戦していって、そのうち登れないグレードに当たると、挫折してクライミングそのものを辞めちゃう人が多いんです。
でも海外の人は違いますね。登れないと思ったら、少しグレードを下げて自分のレベルに合った岩を楽しんでる。そういう面で特にクライミングカルチャーの成熟度の違いを感じます。ただこれは僕がV16課題(2017年『Creature from the Black Lagoon』)をクリアできた今だからこそ、わかることなのかもしれませんけど。

Interview with Daisuke Ichimiya
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普段の柔和な雰囲気とは打って変わって、岩に取り付くと真剣な表情になる。

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鍛え抜かれた体が、たとえ指一本しか掴めない場所でも確実に登攀させる。

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来年開催される東京オリンピックでは、スポーツクライミングが正式種目になりました。そのことについてはどう思いますか?

オリンピックをキッカケに関心を持ってくれる人が増えて、クライミング人口が増えてくれたら、とてもいいことですよね。ただ僕自身の活動にはあまり関係ないと思います。もちろん結果は気になりますが、僕にとってのクライミングは、競技とかではなく生活の一部なんです。あくまで遊び。でもその遊びを一生懸命やりたいという感じ。

一宮さんの真剣な遊びはどこまで続くんでしょう?

地球上の岩って無限に近いくらい沢山ありますよね。とても全部は登りきれない。だからいつまでも終わりはないし、すごい岩とか、かっこいい岩が次々と出てくる。それに気づいた時、一生この遊びで生きていけるなって思ったんです。
もちろん体力的な限界は来るだろうけど、とりあえず30歳までは難しい課題に挑戦し続けたいですね。その先のことはまたその時に考えます(笑)

Box Therapyへの再挑戦を含め、多くの人が一宮さんの活動に注目しています。何かメッセージはありますか?

以前はSNSなどを通じて、もっとクライミングを広めたいという気持ちが強かったんですが、最近それも変わってきました。
僕は発信するよりも、色んな経験を積むことに注力したい。少し活動が見えにくくなったとしても、外から見えてる僕よりも実際の僕はもっとスケールが大きい、そんな存在になりたいと思っています。誰も見ていなくても、僕は登り続けます。

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Profile. 一宮 大介

1993年大分県生まれ。2009年にクライミングを始め、2012年アジアユース選手権にてボルダリング3位の成績を残した後、外岩中心の活動へとシフト。2017年9月アメリカ・コロラドのV16課題「Creature from the Black Lagoon」を完登しピオレドールアジアにノミネート。2018年7月には南アフリカ・ロックランズ のV15課題「The Finnish Line」の完登に成功した。